NOVEL

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2006年05月06日

EPISODE.01

 太古の昔、世界は妖精たちが支配していた。
 妖精は、火・水・土・風・光・闇と6つの種族にわかれ、その長たちは精霊と呼ばれていた。そして、その精霊を統べるものが、精霊王である。
 妖精たちは種族を超えて婚姻を結び互いの絆を深めたが、その代償として力を持たぬ子が数多く生まれた。人間の祖である。
 精霊王は、その姿を隠して久しかった。妖精たちもそれを統べる精霊たちも、等しく王の帰りを待ちつづけた。
 しかし、人間たちは違った。
 その短い生を終えるまでに、彼らが精霊や精霊王の存在をその身に感じることなど、皆無に等しかった。
 いつしか妖精たちと交わることも減り、人間は人間だけで集まり、集落を作り、子を成していった。

 さらに月日は流れ、妖精と人間との交流は完全に潰えていた。
 神話に残る妖精たちの話は、ただのおとぎ話と成り下がり、妖精の存在を信じるものなど、誰もいなくなった。
 ましてや、精霊王のことなど神話にも語り継がれることはなく、辛うじて精霊たちだけが土着の宗教という形で残っていた。

 先祖がえりだったのか、あるとき強い力を持つ人間が現れた。その人間は生涯を力の研究に捧げ、その力を”魔術”と名付けた。
 そして、その人間を慕い集まってきた者たちが住み着いた場所こそ、”学び舎”たるファンランデであり、その人間こそが初代の賢者であるファーラーンである。
 ファーラーンはその生涯に、精霊と出会い、精霊王の喪失を知っていたという。
 ファーラーンは後世のためにと、精霊との出会いとその会話を記した書物を残しており、そこにはこう書かれてある。

王の名を持つもの その姿を現すとき 現世は癒されん
しかし また 災いも生まれ 混乱が起きる
その後 人は真の王を見出すであろう

 そして、月日は流れ、ここに4人に若者が集った・・・

投稿者 chiepu : 20:59 | コメント (17518)

EPISODE.02

「エリュービア。目覚めるのです。」
「はい?」

 娘は寝台でむくりと上体を起し、目をこする。少し赤みがかった金髪は、後頭部のあたりで鳥の巣を作っていた。

「なんか、誰かに起されたような気がしたけど・・・、夢かなぁ?」

 寝台から降りて窓を開け放し、部屋に新しい空気をいれる。爽やかな風が吹き抜け、娘は頬をピシャと叩いて目を覚ます。

「やだ、こんなに日が高くなってるじゃない。急がなきゃ・・・」

すばやく着替えを済ませて、荷物袋を抱えて階段を駆け下りる。

「エリー、おはよう。今日からお城勤めでしょ?がんばりなさいよ」
「お前なんかに、城勤めが勤まるのかねぇ・・・」
「もう、父さんうるさいよ!!」

 娘は、桶に汲まれていた水で顔を洗い、少しだけ髪を濡らしてくしを通す。

「母さん、髪の毛こんなもんでいいかなぁ?」
「どうせ帽子かぶらなきゃならないんだから、適当でいいんじゃないの?」
「なに言ってるのよ、ずっとかぶったままかどうかなんて、わかんないじゃない!」
「はいはい、そこに座りなさい」

 母親は微笑を浮かべて娘に椅子をすすめ、娘はその椅子に座り母親にくしを渡す。母親は優しく髪を梳かせて、器用にその髪を編んでいく。

「ほら、これでいいよ。べっぴんさんだ!」

 身支度を整えた娘は、荷物袋を肩に掛け

「いってきます!!!!」

と叫びながら、走り出す。

「エリーも大きくなったもんだな。」

 父親は、眩しそうな顔をしてその姿を見送った。

投稿者 chiepu : 21:02 | コメント (13868)

EPISODE.03

「以上説明は終りです。それぞれ辞令の指示にしたがって、配備されたところで挨拶をしてきて下さい。それ以降はそれぞれ配備先の指示に従うように」

その部屋にいた僅か3名の人間が、今年城に伺候することを許された魔術師だった。
 それぞれに支給された制服と初級魔術師の帽子を抱えていそいそと立ちあがり、辞令にかかれた配備先へと向かう。
 魔術師は、治療院・護国院・研究院のいづれかに配備されるのが通例であり、エリーが配備されたのは護国院だった。

「エリュービア=シ=ライクン、護国院での勤務を命ずる・・・か。どんなところなのかなぁ・・・。護国院だったら、騎士とかもいるんだよね。やっぱり、訓練とか大変なのかなぁ?」

 宮殿の中庭を抜けた先にある池の橋を渡り、城壁沿いに歩いていくと、レンガ造りの大きな建物が見えてきた。

「ふ~、あそこか。城門からは結構遠いなぁ。毎日通わないといけないんなら、近道探さくっちゃ。」

独り言というには少々大きすぎる声でひとりごちていると

「エリー?」

と、どこかで聞いたことがあるような声が遠くから聞こえてきた。

「はい?どちら様??」

キョロキョロとしていると前のほうから駆け寄ってくる男の姿があった。

「ゼフェル!!」
「やぁ、久しぶりだね。今日から護国院に来るって聞いて、ずっと待ってたんだよ」

女性と見紛うばかりの優美な顔立ちが、蕾が開いたようにほころぶ。

「さ、早く中へお入り。宮殿からここまでは遠かっただろ?」

 ゼフェルの勧めに従って護国院の門をくぐり建物に入ると、広間には大きなテーブルが用意されており、とりどりの料理と飲み物が用意されていた。
 ゼフェルはエリーをエスコートして一番の上座につき、杯をとった。

「皆、待たせたな。彼女がエリー・・・、エリュービア=シ=ライクンだ。今日から私たちの仲間になる。彼女には私の補佐として働いてもらう。しばらくは彼女も戸惑うことは多いだろうから、なにかと気をつけてやってくれ」

 始めはあっけにとられてゼフェルの言うことを聞いていたエリーだが、ふと我に返って、

「あんたナニをえらそうなこと言ってんのよ。しかも一番上座なんかに来て、いくらあんたが強い魔力を持ってても、おとなしくしてなきゃおエライさんに怒られちゃうわよ!!」

とゼフェルをどやした。
 すると広間は大きな笑いに包まれ、一人の男が歩み出て

「ようこそエリーさん、いえ、魔術師団長補佐殿」

と言いながら、杯を差し出した。

「あなたは、ゼフェル師団長の補佐になったのですよ。」
「え?えええぇぇえええーーーー?!!!!」

投稿者 chiepu : 21:03 | コメント (11435)

EPISODE.04

 エリーは執務室で書類整理に忙殺されていた。とはいうものの、ただの事務書類などではなく、下手をすると国家機密だったりするような書類まであるのだが、とてもそうとは思えない乱雑さで部屋中に散らばっているのだから、とんでもない話だ。
 エリーが護国院に配備されて、一番最初の仕事が”師団長執務室の掃除”だった。

「ったく、なんで私がゼフェルなんかの尻拭い役なのよ・・・。だいたい、なんでゼフェルが師団長なわけ?納得いかないわよ!!」
「そうは言っても、師団長の実力はご存知でしょう、補佐殿?」

騎士団長の補佐だった。

「えと・・・、アリュギュリアースさん・・・でしたっけ?」
「舌をかみそうだろ?アレクって呼んでくれたらいいよ。俺たち歳も同じなんだし」

アレクはエリーに新しい書類を手渡しながら

「それに、ゼフェルだってほんとは師団長になんかなりたくなかったんだし。」

とそばにあった椅子に腰掛けた。

「・・・そりゃ、彼の性格からすればそうでしょうけどね。でも、だからといって、私に補佐をさせるなんて、職権乱用よ!!」
「まぁまぁ、そういわず、やつを助けてやってよ。」
「ところで、アレクさんとゼフェルって仲いいらしいけど、どういうご関係?」

エリーも、ひとまず手を休めてあいている椅子に腰掛けた。

「ゼフェルが公爵家の跡取だ・・・ってのは知ってるだろ?俺んちも同じく公爵家なんだよ。で、同い年だから・・・」
「”ご同学”ってわけね。で、初等科が済んであなたは剣術の方に、ゼフェルが魔術の方に進んだ・・・と。」
「そう、そして、ゼフェルは魔術師学校で君と出会った・・・ってわけ。あいつが学校に行っている間は、会うたびに君の話をしてたんだぜ。俺も君に興味があったから、今日は仕事がてら君に会いに来たのさ。」

アレクはエリーを正面から見つめて、続けた。

「あいつ、君をかなり信頼してるみたいだ。・・・あいつを助けてやってほしい。」
「助けてやっても何も、ゼフェルのほうがかなり実力上なんですよ!そりゃ、私だって一応主席で卒業はしたけど、ゼフェルとじゃ天と地くらい差があるし・・・」

アレクは微笑みながら、

「魔術で・・・ってことじゃないんだ。・・・いつか、わかるよ。」
「どういうことなんです?はっきり言えないんですか?」

アレクは立ち上がり、エリーのそばまできて、その肩に手を置いた。

「今はまだ言えない。けれど、そう遠くない先にわかると思うよ。」

それだけ言うと、

「今日はここらで失礼しておくよ。あ、それと俺に丁寧に話し掛ける必要ないから。じゃ、またね~」

と言いながら、部屋を出て行ってしまった。

「・・・なんだってのよ。言いたいことだけ言って。」


 立ち上がる気力も失せたかのようにエリーは椅子に座ったまま、頭をガシガシと掻いて、

「ま、いっか。いつかわかるってんなら、いつかわかるんでしょ。いざとなったら、ゼフェルを締め上げてでも・・・」
「僕を締め上げてどうするんだい?」

いつのまにか、後ろにゼフェルが立っていた。

「さっき、そこでアレクに会ったよ。君に書類を届にきたって言ってたけど、いい男だったろ?」
「えー?!好みじゃないなぁ。私はどちらかというと、繊細な、ガラス細工のような人が好みなのよ」
「なるほど、ないものねだりだね。」
「そうそう、・・・って、ないものねだりってどういうことよー!!!!」

エリーは椅子を転がす勢いで立ちあがり、ゼフェルに詰め寄る。

「ま、まぁまぁ、ホントのことだし・・・。」
「なんですって?!」
「と、ところで、アレクの持ってきた資料は?」

壁際まで詰め寄られ、絶体絶命かと思われたとき、うまく話をそらした。

「・・・あ、それならコレだけど」

エリーはあっさりとまるめこまれて机の方に手をのばす。それほどの厚みはないが、油紙につつまれ騎士団の封印を施されているところをみると、かなり重要な書類のようだ。
 ゼフェルは書類をうけとり、執務机につき、引出しからペーパーナイフをとりだす。蝋の封印はあっさりととかれ、油紙に包まれていたモノは白日の下にその姿を現す。ゼフェルはそれを手にとり、一枚ずつ吟味するような表情で読む。
 こうなってしまうと、ゼフェルは書類に目を通し終わるまで話もしない。エリーは静かに執務室の扉を開き、外へ出て行った

投稿者 chiepu : 21:03 | コメント (12197)

EPISODE.05

 エリーが魔術師団に配属されてしばらくたつが、彼女はいまだに毎日執務室の掃除に追われていた。ゼフェルは”ものを片付ける”という概念が頭の中に存在しないらしい。師団長補佐・・・といえば聞こえはいいが、つまるところは”専属掃除師”というところ。魔術師の制服を持ってはいるものの、魔術師団には別に制服があり、その制服を着用する義務があった。
 制服が出来上がっていないから・・・と、毎日私服で仕事をしていたら、外部から来た人間はエリーのことを雇われ掃除婦だと思っていたらしい。中には傲慢にエリーに命令するものもいれば、かなり年配なのに丁寧な言葉遣いでエリーに接してくるものもいた。

 そんな掃除ばかりの日々が半月も続いたある日のこと。いつもと同じように部屋の掃除をしていると、

「エリー、キミの制服がとどいたよー」

副師団長のオルフェが、大きな箱を持って執務室に入ってきた。その後ろには小さな箱を持ったゼフェルが続いて

「早く着替えて見せてよー!」

と、まるで子供のようなことを言っている。エリーはオルフェから箱を受け取り更衣室へ向かった。
 箱の中には、紅に黒いふちどりがあるローブ、黒の肌着とその帯、左手用の黒の手甲、そして魔術師団の所属をしめすルビーのピアスが入っていた。
 それまで着ていた、くすんだ色のワンピースを脱ぎ、黒の肌着を身に着け腰のところで帯をしめる。帯の色はもちろん紅だ。ピアスをそれまでつけていたものから新しいものにとりかえ、手甲をはめる。仕上げにローブをはおって更衣室をでた。
 執務室に戻るとうそのように部屋は片付いていて、そこにはゼフェルとオルフェ、そして3人の老師が集まっていた。エリーがあまりの片付き具合に驚いていると、

「やっぱりそのサンダルはおかしいね。これを履いてごらん。」

老師のなかでも一番の長老である、オディルアーンが黒いくるぶしが隠れる程度の高さのブーツを差し出してくれた。

「ありがとうございます、老師!」

エリーはサンダルの紐を解きブーツに履き替え、老師に向き直った。

「よく似合うよ、エリー。」

オディルアーンは半分以上ひげでうずもれている顔を、ほころばせた。

「私からは、これを」

そういって、絹の包みを差し出したのは、ファイルーシャ老師だった。エリーが包みを開けてみると、そこには細身の刀身の短剣と、それを収めるための美しい鞘が入っていた。

「それは、キミのために特別に鍛冶屋に打たせたものだ。私が祝福を授けて、火の魔法を引き出せるようになっているよ。キミが心からその魔法を望んだとき、この短剣にこめられた魔法は君のものになるだろう。」

エリーは神妙な顔をしてその言葉に頷き、短剣を包みなおした。
 エリーの短剣を見て、オルフェは

「僕のときにも、祝福してくれた短剣をいただきましたけど、未だに法力を引き出せませんよー。ほんとに祝福してくれたんですか?」

とファイルーシャに語りかけている。

「それは君の修行不足じゃよ。もっと修行を積みなされ。」

と一笑に付され、オルフェは頭を掻いてゼフェルにぼやいた。

「剣にとって、一番大事なのは鞘じゃ。その鞘は絶対になくしたりしてはいかんぞ。万が一鞘がなくなってしまったら、すぐに私の元へ来なさい。わかったね?」
「はい、老師。」

 ベルフィア老師は、おそろしく細かい細工を施した金の指輪を差し出した。

「私からはこれを授けましょう。」

この老婆は柔和な微笑を浮かべ、エリーの手をとり指輪をはめてやりながら

「この指輪には、私が守りの呪文を封じこめました。盾や鎧のようにあなたを守ってくれるわけではありませんが、オディルアーンのブーツを履いていればあなたの体を守ってくれる薄い膜のようなものがあなたのまわりに発生するはずです。今もあなたのまわりに膜ができているはずですよ」

エリーは、手をかざしてみたり、自分の体を触ってみたりしたが、膜があるようには感じられず、怪訝そうな顔をした。

「目に見える膜ではありませんよ。万が一戦闘に巻きこまれたときに、ほんの少しだけ衝撃を和らげてくれる程度のものです。あんまりアテにはしないようにね。」
「ありがとうございます。」

エリーはまだ不可解な顔をして指輪とブーツを見比べている。

「最後は、僕とオルフェからだ。」

ゼフェルがずっと抱えていた箱を差し出した。

「あけてごらん」

 エリーは素直に箱のふたを空けて、中で布に包まれているものをとりだした。上質の絹に包まれたそれは、エリーのひじからくるぶし程度の長さの柄の先に、紫水晶の宝珠をいただいたロッドだった。柄は手にしっくりとなじむ。持ち上げた瞬間、エリーの手の中でブルっと震えたように感じたのは、幻覚だったのだろうか?

「それは僕が石に、オルフェが柄に祝福を与えておいたよ。」

ゼフェルはこともなげに言うと、オルフェが不満げにぼやいた。

「ほんと、二人で別々のものに祝福を与えて、それをひっつけるってことが、どれだけ大変か、この御仁はわかってらっしゃらない!!」

 二つの異なる力を秘める物質を強引に繋げるのは、時には力が反発しあって魔力を秘めた物質そのものが消滅したり、逆にお互いの力が暴走をはじめて辺り一体の全てを消滅させることもある。そのため、こういった秘術を行うことができるのは、ごく限られた僅かな者達だけだ。

「だって、エリーにいいものプレゼントしたかったし、オルフェだって賛成したじゃないかー。」
「それはそうですけど、結合の業を使うって知ってたら、他のものを提案してましたって!」
「まぁ、終りよければ全てよし!いいものができあがったんだし、いいじゃないか。」

 ゼフェルはなんとも楽天的な答えを導き出したが、一歩間違えば自分たちが死ぬこともないとは言えないのに、自分のために危険を冒してまで装備品を与えてくれることに喜びを感じた。しかし、なぜ自分ごときにそこまでする必要があるのか・・・。エリーは釈然としないまま、ロッドの説明を受けた。
 ロッドがいただく宝珠には水の魔力を引き出す祝福が、柄には魔力を高める・・・すなわち呪文を唱えるときの集中力を高める祝福が、それぞれされていた。

「君が苦手な水の魔法を援護できるロッドにしたんだ。その方が君の身を守ることになるだろうと思ってね。それと・・・」

ゼフェルはローブの内ポケットを探り、小さな巾着袋を取り出した。

「あけてごらん」

袋の紐を解き、中身を出してみると皮紐と額飾りが入っていた。皮紐はなめしてあるだけの薄いクリーム色をしており、指に油でもついていたのか、ふれたところが少しだけ色が濃くなった。

「それは好きなように使うといいよ。魔術師団からの支給品だから、欲しくなったらいつでも言えばいい。頭に巻くもよし、腕に巻きつけるもよし、なにか道具に通して身につけるもよし。僕は、ナイフの鞘を括り付けてるんだ。」

ゼフェルはローブを少し開いて、腰につけているナイフを見せた。

「・・・私もそうする。」

エリーはさっそく皮紐にいくつかの結び目をつくり、鞘を引っ掛けられるようにして腰に巻きつけた。
 額飾りは白銀にルビーがついており、魔術師団に所属する女性の証だ。エリーはそれを額に着け、皆の方に向き直った。

「どうして、私にここまでしてくれるんですか?」

エリーは、不思議でならなかった。自分のために魔術師団屈指の者たちが装備をそろえてくれる理由がわからず、素直に喜んでいいのか、戸惑っていたのだ。

「それは・・・」
「それは、君が弱いからだよ」

オルフェの声にかぶせるようにして、ゼフェルが言う。

「君ははっきりいって、”師団長補佐”っていうには実力が足りない。けど、僕がラクに仕事をこなすには、君に補佐をしてもらうのが一番だからね。それに、万が一戦闘になったときに、君の装備が悪くて死んじゃったりなんかしたら、僕の責任ってことになるからね。だから老師たちに頼んだんだよ♪わかったかい、エリ・・・ゴフ・・・・。」

すべて言い終えるまでに、エリーの拳がゼフェルの鳩尾に決まった。

「よくわかりました。要するにあんたのおせっかいなわけね?まぁいいわ、私の揃えてた装備は結構不安があったし、これで戦闘が起きても相手にはヒケをとることはないでしょうよ。でも、戦闘自体いつおきるかわからないけどね・・・。」

エリーはローブをかるく撫でてほこりを払い

「ゼフェルはともかく、老師様方、そしてオルフェさん、ステキなプレゼントをありがとうございました。今まで以上に修練に励みたいと思います。」

エリーは深々と頭を下げた。だから、その場にいた者たちの表情を見なかったのである。もしも、彼らの表情を見ていたならば、いくらエリーでもゼフェルの言ったことを鵜呑みにすることはなかっただろう。

投稿者 chiepu : 21:04 | コメント (18265)

EPISODE.06

 ある日、エリーがいつも通り、着慣れたローブのすそを翻して、往来を疾風のごとく駆けていた。なんのことはない、今日も朝寝坊して、気が付いてみたら太陽が高く上がっていたのだ。
 なんとか鐘がなるのと同時くらいに魔術師団にあてがわれた館にたどり着き、息を切らしたまま執務室へと向かった。

「ふ~、なんとか間にあったぁ・・・。」

汗をぬぐいながら階段を上り、執務室へ続く廊下を歩いているとなにやら声が聞こえてくる。ひとつはゼフェルの声、もう一つは聞いたことのない女性の声だった。

「誰かお客様かなぁ?」

気にもとめず執務室の扉を開いてみると、そこには女性に詰め寄られているゼフェルがいた。とうもろこしの毛のようにキラキラと輝く髪を優雅に巻いて、いかにも手の込んでいそうなドレスを身にまとったその女性は

「誰です、失敬な!!扉をひらくときにはノックをするものですわ!!!」

と振り向きざまに怒鳴った。エリーは驚きのあまり一瞬声を無くしたが、すぐに気を取り直して

「あなたこそ、どちら様ですか?ここは魔術師団執務室です。どうして師団長補佐である私がこの執務室に入るのにノックをする必要があるんですか?ここは私の部屋でもあるんです、気に入らないというのであれば今すぐここから出て行ってください。」

と言い返した。ゼフェルは同調するように

「そのとおりだよミュルミドーラ殿。エリーは僕の補佐であり、この部屋の主でもあるんだ。それにもう鐘は鳴り止んだ。僕たちは仕事をしないといけないんだ。」

とまくし立てる。

「何を仰いますか。こんな平民の娘など取るに足りません。それに公爵の娘である私には特権が与えられております。少々のことは構いません。」
「ならば、僕もその特権を使わせていただきましょう。今すぐこの部屋から出て行ってください。仕事の邪魔はされたくありません。」
「ま・・・」
「もしもこの命令を聞けないというのであれば、魔術師団長の特権で以って、この館の出入りを禁止せざるを得ません。それでもいいですか?」

ミュルミドーラと呼ばれたその娘は顔を真赤にして何か言いたそうに口をあけたが、結局は

「失礼いたしますわ・・・」

とだけ言って、部屋から出て行った。

「なんだったの、あのこ?」

エリーがゼフェルに尋ねると

「ミュルミドーラと言って、ドーン公爵殿の一人娘なんだ。どういったことやら、僕に気があるらしくてことあるごとにあぁして迫って来るんだよ。」
「あらあら、おもてになるのね。」
「で、今日は今度開かれる舞踏会に招待したいってんで、コレを持ってきたのさ。」

と、白い封筒をヒラヒラさせた。エリーはそれを受け取り、中身を取り出した

「なになに・・・来る女神月の犬頭神の日に舞踏会を開催いたします。つきまして、ゼフィリアルス様にご参加いただきたく、ご連絡させていただきます・・・だって。」
「続き読んでごらん。」
「んー・・・ここから字が違うわね。えーと、ゼフェル様にエスコートしていただきますので絶対にお越しになってください・・・だって。どうやら強制参加みたいよ。」

エリーは口元を押さえて、笑いをこらえながら

「で、いったいどういう関係なわけ?」

と核心に迫る質問を、ゼフェルに浴びせたのだった。

 二人が出会ったのはちょうど5年前、ゼフェルが魔術師団に配属されてすぐのときだった。ゼフェルは生まれついての魔術の才能が認められ、魔術学校を修了しないまま、11才という異例の若さで王宮魔術師となっていた。

 ある日、ゼフェルが城内で午後の一時を過ごしていたときのことだ。昼食後2時間の自由をもらい、読書でもしようと池のほとりに来てみたら、そこにはすでに先客がいた。木に向かってなにやらブツブツつぶやいている少女の片手には、古ぼけた1冊の本。ゼフェルはその本を見た瞬間に、彼女が何をしようとしているのかがピンときた。長年親しんだ魔術の本と同じ物を、その少女は持っていたのだ。ページの開き具合からいくと、ちょうど風の魔術のあたりを開いていそうだ。

「風の魔術の練習中かな・・・。よし、ちょっと脅かしてやろ」

宮廷魔術師とはいえ、いたずらざかりの少年である。宮廷に仕えるようになってから、同じ年頃の友達と遊ぶこともなくなっていた彼にとっては、久々に見かけた同年代の少女だった。

「風よ集いて、わが僕とならん・・・。」

どこからともなく風が吹き始め、ゼフェルの近くで渦をまく。渦巻きの上っ面を撫でるようにして、掌に包み込む。握りこんだ手をそっと開いてみると、そこには小さな渦があり、それにふっと息を吹き付けると、少女の方にすっくりと向かっていった。小さな渦はだんだんと大きくなり少女に近付く。

「あの子驚くぞ♪」

ゼフェルは、少女が渦に気付いてよけるものと思っていたが、少女は目前に渦がせまるまで、自分に襲い掛かる悲劇に気付かなかった。気付いた時には既に手遅れで、風の渦に巻かれて高く飛んでいた。

「ヤバイ!!!」

ゼフェルは駆け出していた。
 風の渦は少女にぶつかった時点で消滅していた。空高く持ち上がった少女の体は、引力に引き寄せられ落下を始める。不幸中の幸いというか、少女の下には水面が広がっていたので強く体を打ち付ける心配はなかったが、少女は意識を失っていた。そのまま水に落ちればおぼれてしまうだろう。
 ゼフェルは走りながらローブを脱ぎ捨て、池に飛び込んだ。ドポンという鈍い音とともに少女は着水し、なかなか浮き上がってこない。ゼフェルは必死で泳ぎ、少女の体を捕まえた。気を失っていたおかげでゼフェルが横抱えにしても暴れたりはしなかったが、たっぷりとしたドレスが水に逆らって泳ぎにくいことこの上なかった。
 陸にあがると、すぐに少女の胸に耳をあて心臓の音を確かめた。

「よかった・・・生きてるみたいだ。」

ゼフェルは胸をなでおろした。池に落ちるまでに気を失っていたせいか、水を飲んだ様子もない。だか、少女が気付く気配はなく、ゼフェルはどうしていいものか戸惑っていた。
 すると、少女が水に落ちた音を聞きつけたのか、衛兵たちが駆け寄ってきた。

「ゼフェル殿!どうなさったのです、このありさまは?!」

ゼフェルは、自分の悪戯などといえるはずもなく、口篭もっていると、

「・・・ん。」

少女が、身じろぎしたのである。

「ミュルミドーラ様!ミュール様!!!」

衛兵は少女の体を揺り動かし、少女の覚醒を促す。
 少女は衛兵に飲んだ水を吐かされ咳き込んだが、すぐに意識がはっきりしてきたようで、しっかりとしゃべるようになった。


「わたくしが魔術の練習をしておりましたら、急に強い風が吹きましたの。きっと風の魔術を扱っていたからじゃないかしら・・・。その風に吹き飛ばされて、池の方へ。意識が薄れていくときにそちらにいらっしゃる魔術師の方の姿が見えたような気がいたしましたけど・・・」
「いや、あの・・・たまたまここを通りがかったら、その子が・・・その、あの・・・そうだ、風に吹き飛ばされたんだよ。そうそう。で、池に落ちちゃったから大急ぎで助けにいったんだよ、そうなんだよ!!」

ゼフェルは、まくし立てるように言いきった。まぁ、一部事実の隠蔽があるにせよ、嘘はついていない。

「そうでしたか、ゼフェル様どうもありがとうございました。ともかく、お二方とも早く着替えをなさった方がよろしいかと・・・」

「それで、それからどうなったわけ?」

エリーは呆れた顔を隠そうともせずに、話の続きを促した。

「結局僕は、ミュールを助けた英雄・・・ってことになって、ミュールが風に飛ばされたのはミュールが魔術に失敗したからってことで話は落ち着いたんだよ。」
「で、命の恩人様は一途に追い掛け回されるようになりました。めでたしめでたし・・・ってわけね。それは自業自得だわ。バカねぇ・・・」

話を聞いてる間に空になってしまったカップに、お茶を注ぎながら

「じゃ、本当のことを言えば、あのお姫様も幻滅してれるんじゃないの?」

と、提案してみた。

「そんなの、してみたよ。そしたら”そんなこと仰っても、わたくしは信じませんわ。あなたこそわたくしの命の恩人ですもの。あの助けてくださった日から、私はあなたについて行くと、心に決めたのですわ~!”・・・だって。」

胸の前で指を組んで、目をキラキラさせたミュールのマネしたゼフェルは、その美貌も相まってちょっとした美女の趣があった。エリーは、その美しさに嫉妬を感じながらも、いい男には目がないので許してしまえる。

「で、舞踏会への招待はお受けするのかしら、王子様?」
「なんだよ、その王子様って・・・。もちろん舞踏会へは行かないさ。行ったりしたらどんな目にあうやら・・・、いや、まてよ・・・」

ゼフェルは、上から下までエリーをなめるように見た。

「ちょ、ちょっと・・・何よ、何だっての?!」

エリーはゼフェルのその不穏な目つきに嫌な予感がした。

「なーに、何てことないよ。君あてに僕のうちから舞踏会の招待状が届くだけさ。で、もちろん僕が君のエスコートをするよ。」

ゼフェルのは顔には恍惚の笑みが浮かんでいた。エリーはその顔を見て、嫌な予感が的中していることを悟ったのである。

投稿者 chiepu : 21:05 | コメント (12710)

EPISODE.07

 広間は人でごった返していた。うんだような表情で食べ物をむさぼる男、白粉で丹念に皺を覆いますます賤しく見える女。
 そんな中、金と銀のきらめきが優雅に流れ、嫌が応にも人の注目が集まる。

「ゼフェル様がお連れになっているのは、いったいどこの公女だ?」
「ほんと、お二人がお並びになったらこの世のものとは思えない光景ですわね・・・」
「なんですの?あの地味な身なりは。こんな場ではもっとあでやかに装うのが礼儀ですのに!!」

 賞賛と羨望、嫉妬がからみあった視線を一身にうけ、ゼフェルの横に立つ女性は艶やかに微笑んだ。

 時は、これよりも30日ほど遡る。

「そうだよ、君をパートナーにすればいいんじゃないか!」

ゼフェルはそう言って、護国院を飛び出ししばらくは戻らなかった。次に戻ってきたときには大勢の従者を連れて、部屋いっぱいになるほどの荷物を運んできた。ゼフェルの連れてきた中から、ひっつめ髪に襟の高いお仕着せドレスを着た、性格のきつそうな年配の女性がズイと前に出て、高らかに宣言した。

「今日から花女神の日までに、あなたには完璧なプリンセスになって頂かねばなりません。15日の間でどれだけのことができるかわかりませんが、私にできることは全てさせていただく所存でございます。まずは・・・」

エリーにつかと歩みよりその髪をむんずとつかんで、まるで何かを鑑定するような目つきで眺める。

「な、なんなの?!」

髪を手放したら次は胸元から巻尺を取り出し、体のあちこちを測って調べていく。肌を触り少し感心したような顔をした。

「あなた、お肌のお手入れはどうなさってるのかしら?」
「は?顔?毎朝水洗いとお風呂に入ったときに石鹸で洗ってますけど・・・」
「それだけでございますか?」
「ともかく、細かいことはお屋敷に戻ってからに致しましょう。すぐにご準備なさってください。」
「はぁ?え、それって私のこと?」
「もちろんでございます!

エリーはゼフェルの方を向き救いを求めるような顔をしてみたが、ゼフェルはにやにや笑っているだけである。

 それから地獄のような“礼儀作法教室”がはじまった。

「エリー様、歩かれるときは必ずゼフェル様の1歩後を・・・」
「エリー様、食事をなさるときは、ゼフェル様が口をつけるのをお待ちになってから・・・」
「エリー様、直接給仕のものに話しかけずに、ゼフェル様に耳打を・・・」
「エリー様・・・」
「エリー様・・・」
「エリー様・・・」

それだけではない。美容マッサージとかいうワケのわからないことをされ、一日に二度のミルク風呂。しかも本人はじーっとしているだけで、女中たちが勝手に体を洗ったり髪を洗ったり。
 卵がいいと言われ、毎日卵とはちみつのパックと、髪を洗うのも卵の白身に蒸留酒を混ぜたもの。ぬるぬるした感触があまりに気持ち悪くて

「お願いだから、やめてよー!!!」

と叫んだのも、初めのうちだけ。抵抗しても押えつけられて無理矢理やられるのだから、おとなしくしているほうがいくぶん楽だと、抵抗することを諦めてしまった。
 しかし、それにもまして一番堪えたのは、家に帰らせてもらえなかったことである。ゼフェルが直接エリーの家を訪問して

「すいませんがお嬢さんをしばらくの間我が家に預けてくださいませんか?その間に、彼女に礼儀作法をし込みたいのですが・・・。」

と申し出たのである。この申し出にエリーの両親はもろでをあげて賛成し、エリーの帰宅を拒んだ。もちろん、ゼフェルが職権を乱用してエリーに特別休暇を取らせたことは、いうまでもない。
 一度、城を抜け出し友人の家に身を隠してみたのだが、ゼフェルがすぐに居所を見つけ出し、脱出劇はほんの一時間ほどで終ってしまった。その後は監視の目が厳しくなり、どこへいくのも女中がついてくるようになったほどである。

「なんで私があんたの知りぬぐいしなきゃなんないのよ!!!」
「いいかげんにしてよ、早く私を自由になさい!!!」

 なんと言おうと、なんとなじろうと、ゼフェルはどこ吹く風で聞き流し来るべきその日に備えたのである。

「完璧でございます、ゼフェル様。」

 女中頭は目を輝かせて報告にきた。

「エリー様はもともとお美しい方でございましたが、この十日間でますますその美しさに磨きがかかってございます。どちらの公女様にもひけをとることはないかと・・・。元より聡明な方でございますので、すべてにおいて飲み込みが早うございます。私どももお世話のしがいがあるというものですわ。」
「だろうね。父上と母上も喜んでいるみたいだし、今回はいいことづくめだよ。何より、セリアが喜んでいるしね。」
「さようでございますね。セリア様は“おねえさまができた”と大喜びでございます。いっそのこと、このままエリー様にセリア様のお姉様になっていただけたら、わたくしどもにとっても・・・」

 ゼフェルは微笑を浮かべて窓の外を見た。庭園の噴水の側で本を読んでいるエリーと、その傍らに夢見るような表情を浮かべて話を聞いてる少女がいる。二人はまるでこの世が始まったときからそうであったかのように仲睦まじく、そこには幸せがあった。

「それもいいかもしれないね。」

 数日後の夕方、仕立師がゼフェルの城に呼ばれ、エリーの為にいくつかのドレスとローブが誂えられた。
 ゼフェルの母親からいくつかの宝飾品をもらったのだが、魔術師である矜持がそうさせるのか、身につけるものは魔術師団から支給されている額飾りとピアスだけにすると主張したエリーにあわせて、ゼフェルも魔術師団長のクラウンとピアスを身につけることにして、夜会服を誂えたのである。

「その真珠色の絹でドレスをつくりましょう。エリーの肌の色によく合うわ。」
「ローブは薄桃の生地がいいわね。」
「そしたら肩かけはドレスに合わせて真珠色の、薄い布かな。」
「できるだけ単純なのにして。ゴテゴテしてるのは性にあわないわ。」

 女性陣が全員揃っての衣装合せというのは、それはそれじゃ喧しいもので、ゼフェルは部屋の外で怖気を振るわせながら待っていた。
 しかし、エリーが衣装をあわせて部屋から出てきたときあまりのことに声も出せずに立ちすくんだのである。

「エリーさん、とてもきれいだよ・・・」

ゼフェルの父親がなんとか搾り出した言葉は、そのままゼフェルの言葉でもあった。

「明日仮縫いをいたしますので、三日後にはこちらにドレスを仕上て、持って参れるかと存じます。これほどやりがいのある仕事は、めったとございません。早く私が作りましたドレスをこの方に着ていただきたいもので。」
「お兄様、私エリーを見てると、風の精霊様を思い出すの。」

セリアがゼフェルをつついて、嬉しそうに話をする。

「お兄様がくださった精霊様の本にでてきた、風の精霊様にそっくりでしょ!ううん、それよりもっとキレイかも!!!」

セリアが無邪気にはしゃいでいたが、ゼフェルは少し眉間にしわを寄せ、考え込むような表情になった。
 ゼフェルは、エリーを巻き込んだことを後悔しはじめていた。

投稿者 chiepu : 21:05 | コメント (19518)

EPISODE.08

 夜会は滞りなく進んでいた。
 ゼフェルの思惑通りにパートナーの存在を誇示することができ、なおかつそのパートナーは並の女性なら太刀打ちできないほどの人間であることもアピールできたのである。自然と顔もほころぶというものだ。

「ゼフェル!」

騎士団の正装に身をつつみ、傍らに目を見張るような美しい娘をつれてアレクが近寄ってきた。

「今日はフィーリアも一緒だったのか。」

アレクの傍らの娘は、控えめな微笑を浮かべて小さく頷く。

「え・・・フィーリアって・・・」
「そ、ハイランド大公ご息女フィーリア殿だよ。アレクの婚約者でもある。」
「口約束だけのね」

 骨の髄から一般庶民であるエリーからすれば、フィーリアといえば雲の上の存在である。
 フィーリアは公式の場に姿を見せることはあまりなく、“声のない姫君”と呼ばれている。3年ほど前に急に声がでなくなったというのだ。
 幼い頃に母を亡くし、今また声を無くした姫君は、その美しさと悲劇により絶大な人気を誇っていた。

「お初にお目にかかります。魔術師団長補佐を勤めておりますエリュービアと申します。」

 礼儀にのっとった美しいお辞儀を披露すると、フィーリアは蕾が花開いたような笑顔をこぼした。それは女であるエリーが見ても、思わず保護欲をそそられるような、しかしあまりの脆さに壊してしまいたい衝動に駆られるような、不思議な笑顔であった。

「ゼフェル・・・ちょっと話があるんだが、後でいい。部屋を用意してもらっていいか?」
「わかった、今日の舞踏会ももうそろそろお開きだ。内密の話か?」
「内密ではあるが・・・そうだな、エリーも魔術師団長補佐として同席してもらいたい。フィーリアにも同席してもらう。」

それだけを言うとアレクは踵をかえし、フィーリアと一緒にダンスの輪の中へ消えた。
 ゼフェルは眉間にしわを刻み、

「エリー、どうやら厄介ごとが始まるようだ。予定されていたことだがね・・・」

とだけつぶやいて、深い思考の底へ沈んでしまった。

 数時間後、4人はひとつの部屋に集まり、テーブルの上に置かれた書物に視線を集めていた。

「これが去年の暮れに、王宮の地下倉庫から出てきた書物だ。もう、話はきいているだろう?」

ゼフェルは頷き、眉間のしわをますます深めた。

「この本にかかれていることは神話だ。オレたちがよく知っている精霊たちの闘争の神話。普通の神話の本と違うのは、この話は脚色されたものじゃない、事実だけが書かれている・・・ということだ。」
「どういうこと?」

ゼフェルはエリーに向き直り、

「エリー、君も魔術師なら、神話をそらんじるくらいのことはできるね?」

とたずねた。

「まぁ、それなりには・・・、魔術師の歴史といえば、神話なわけだし。」
「じゃ、その話を君は事実だったと、本当にあった出来事だと、そう思うかい?」

エリーは言葉をつまらせた。
 神話の、あの途方もないおとぎ話が真実であった・・・、そんなことを言えば“あたまがおかしくなった”と言われても仕方ない。しかし、エリーは何から何まで全てが作りものの、虚構の話だとは思っていなかった。

「どこまでが作り話かはわからない・・・。だけど、ある程度は本当にあった話だと・・・そう思ってるわ。だって、そうじゃなかったら、いつ誰があんな話を作り出したっていうの?だから・・・」

 自分の言葉に自信を持てずにいたエリーだったが、他の3人もエリーと同じ考えであるということが、その表情には現れていた。

「簡単に説明すると、神話は本当にあった話であり、ファーラーンも伝説の人物なんかじゃない。実在したんだ。いや、今でも生き続けているはずだ・・・」

 ゼフェルの言葉は、エリーを詰らせた。
 遥か昔の物語の登場人物であるはずのファーラーン。その彼が今もその命を失わず生きているというのか?

「そんな・・・ありえないわ・・・、だって、何千年も昔の人よ。実在したのはともかくとして今でも生きてるなんて」
「本当にありえないかい?」

射抜くような視線でゼフェルは問うた。

「エリーよく考えてごらん。ファーラーンは初代賢者だ。その後も賢者は多数いる。その後の賢者の墓はすべてファンランデにあることは知っているだろう?だが、ファーラーンの墓は存在しない。」

エリーは頷いた。

「2代目からの墓が全てあるのに、ファーラーンの墓がないからファーラーンは本当は存在しない人物だからだという人間は多数いる。ファーラーンは伝説だと。だけど・・・」
「ファーラーンは死んでいない。だから墓もない。そう言いたいのね?」
「その通りだ」

アレクはテーブルの書物をエリーに手渡し

「この本を君に貸すから、全部読んで欲しい。そして、君の手助けを必要としてることを解って欲しい。」
「どういうことなの?」
「何も言わずにこの本を読んでくれ。」

 エリーは本を受け取り、3人の顔を順に見回した。
 フィーリアの哀しい眼差しに、エリーは射ぬかれたように動けなくなった。
 エリーはその夜一晩をかけてアレクから預かった本を読んだ。そして、その本は彼女の運命を変えていった。

投稿者 chiepu : 21:06 | コメント (17092)

EPISODE.09

花女神の月牛犬頭神の日

ファーラーンと名乗る男とであった。
彼はまるで少女のように華奢で、むしろドレスでも着せた方が似合うであろう容貌だ。
しかし、数多の書物が告げるとおりうなじに十字のあざがあり、それがファーラーンであるという証拠なのだそうだ。
なんとも子供じみたサギである。

花女神の月花女神の日


あれから自称ファーラーンと旅をすることになってしまった。
ファーラーンを名乗るだけあって、魔力は大したものである。

花女神の月太陽神の日

なんとしたことだ。
線が細い、華奢だと思いつづけていたが、ファーラーンは女だった。
これから一緒に旅を続けていいものか?

月女神の月西風神の日

かれこれ2ヶ月のときを一緒に過ごしたが、彼女が本当にファーラーンに思えてきた。
しかし、それが本当だとすれば彼女は900年・・・いやもっと生きていることになる。彼女の姿は少女のものだ。
これはどう解釈すればいいのだ?

牛犬頭神の月狼神の日

彼女はとても信じられない話をした。
いまでも信じられない。
だが、彼女の言う通りだとすれば全て説明はつく・・・。

ファーラーンは精霊王自身だというのだ。
そして、精霊王は人の体にその魂を入れ、転生を続けていると。
精霊王の魂が体の内にある間は、ある程度まで成長はするものの体が衰えることはなく、その寿命がつきたときに精霊王はまた他の人間の体に入り込むのだそうだ。
そしてその人間には必ずうなじに十字のアザがあるという。
精霊王だけでなく、火・水・土・風の4人の精霊たちも王と同じく転生を続けていると。
精霊王は4人の精霊を探しつづけ、転生を繰り返しているのだそうだ。
どこまでが本当なのか、私にはわからない。
しかし彼女が嘘をついているようには見えない。

 日記の最後の日付の内容は、ファーラーンと名乗った少女が別れの言葉だけを残して砂となった・・・というものだった。その後は精霊王と4人の精霊についての伝記や、男が調べたことが延々書き綴られていた。
 闇の精霊が反旗を翻し精霊王に立ち向かったこと、精霊王以外に唯一闇に対することができる光の精霊の戦い、そして闇と光の精霊の消滅。闇の精霊が今際の際に残した呪詛の言葉、そしてそれにより放浪をすることとなった精霊王と4人の精霊たちがふたたび集まったとき、光の精霊は再び甦ること。闇の精霊が悪なる手のものたちによりひっそりと甦っている可能性があること、それを倒すためには光の精霊の存在が不可欠であるということ。そして・・・

「ん・・・なになに、“風の精霊だという人物とであった、彼女によると、風の精霊は常に女に転生し、風貌はかわることがないという。なので画家に彼女をスケッチしてもらったので、彼女に似ている女性を探せばいいはずだ・・・”か。スケッチはどこよ・・・」

エリーは次のページをひらいて、目をみはった。そこに描かれているのはまさにエリーそのものだったのである。

「・・・何よこれ。いったいどういうことなの?」

風の精霊たる女性は体のどこかに渦巻き状のアザがあるという この絵に似て、渦巻き状のアザのある女性ならば数は限られているだろう 私が死んだのち、風の精霊を探す者の道標とならんことを・・・

エリーは急いで夜着の肩をはだけて、左肩を見た。そこには確かに渦巻きのアザがある。

「そんなのありえない・・・。私が・・・。」

 次の朝、女中がエリーの部屋に入ったとき、そこに彼女の姿はなかった。

投稿者 chiepu : 21:06 | コメント (15635)

EPISODE.10

 朝があけ、昼をすぎ、夕刻になってもエリーは帰らなかった。
 ゼフェルはエリーの自宅はもちろん友人宅にも遣いをやりその消息を辿ったが、一つの手がかりもないまま3日が過ぎた。しかし意外なところから、エリーの消息は判明した。
 4日目の昼頃のことである。ゼフェルは魔術師団の館でエリー捜索の指揮をとっていた。そこへ10才かそこらのみずぼらしい身なりの男の子が、ゼフェルを尋ねてきたのである。

「ゼフェルさんってのは、あんたかい?これを妙に態度のデカイねーちゃんが届けろって言ったから、もってきた。」

 ゼフェルが手紙をうけとり、男の子に銀貨を5枚と少しの食料を与えてやると

「にーちゃんイイ奴っぽいから、教えてやるよ。あんた今、人探ししてんだろ?」

そういって、男の子は懐から尋ね人の張り紙を取り出した。そこにはエリーの顔が描かれており、つい昨日から街のいたるところに張り出したところのものだった。

「このねーちゃんが、態度のデカイねーちゃんちにいるみたいだぜ。ちょっと見えただけなのに殴られちまったよ、ホラ・・・」

といって、服のすそをめくって腹を見せると、うっすらとだが、赤いアザができていた。

「なんかにーちゃん大変そうだけど、オレにできることがあったら言ってくれよ。あのねーちゃんの鼻をあかせるんなら、なんでもするぜ。オレの名前はフォルってんだ。アディノールのがらくた横丁で“フォルを探してる”っていや、通じるからよ!」
「ありがとう、何かあったら君のところへ遣いをやるよ」
「おう、待ってるぜ!」

フォルは、そう言って魔術師団の館を後にした。
 ゼフェルはミュールからの書状を読むとその表情をいっそう険しくし、うなだれるように座りこんだ。

「エリーすまない。僕のせいで・・・」

投稿者 chiepu : 21:10 | コメント (15769)

EPISODE.11

 その日、ゼフェルはアレクとフィーリアを連れて、舞踏会へと赴いた。

「おぉ、よくきてくれたね婿どの。」

フリルをたっぷりとった悪趣味な服に体を包み、あごの下にたるんだ贅肉をふるわせてドーン公爵がのしのしと歩み寄る。
 領民から搾取して私服を肥やしてるって噂は本当らしいな・・・。ゼフェルはその姿に嫌悪感を覚え、相手を凍りつかせるような表情で

「お招きにあずかり、光栄です。」

と、抑揚をつけずに言った。

 ドーン公爵の領地は荒れていた。いやその表現は必ずしも正しくはない。一見したところ、実り多く豊かな土地に見える。だが、領民のその姿は疲弊し、絶望にとりつかれた表情をしていた。貧民屈が存在し、ゼフェルやアレクの父親が治める領地ではありえないことだと、馬車の中でアレクとフィーリアの3人で顔を見合わせたほどだ。

「ドーン殿、お招きいただいてはおりませんが、私の婚約者のフィーリアがぜひミュルミドーラ殿と友好を温めたいと申しまして、ゼフェル・・・ゼフィリアルス殿に我侭をいってつれてきていただきました。」

アレクはなんとか愛想笑いを浮かべ、口上を述べた。

「なんと、姫君をお連れ下さるとはなんたる光栄!なんの遠慮がいりましょうや?さぁ、娘も待っております、どうぞ中へお入りください!!」

 自分が大公に嫌われてることを自覚している公爵は、娘と姫に繋がりができると雀踊りでも始めそうな勢いで3人を中へと勧めた。

 エリーは朦朧とした意識の中にいた。薄暗くかび臭いその部屋に、どれくらいの時間いるのか・・・。
 食事はきちんと与えられていた。何度か、口一つきかない侍女が食事を運んできたが、エリーは一口も手をつけず、侍女はしばらくすると何も言わずに持ってきた食事をそのまま下げていく、ということを繰り返していた。
 身じろぎひとつせずにただぼんやりと椅子に腰掛け、何か見えないものを見つめつづけているようでもあったが、ふとゼフェルの声が聞こえたような気がして椅子から立ちあがり、部屋を出ようとした。
 扉を開こうとしたがカギがかかっているらしい。
 エリーは煩わしいといった表情を浮かべ、扉に手をかざした。すると、扉はユラユラとその姿をぼやかせていき、やがて扉など初めからなかったかのように枠だけが残った。

 ゼフェルとフィーリアはドーン公爵が勧めるままに大広間へと向かったが、アレクだけはこっそりと屋敷の中を探っていた。

「あのタヌキオヤジ、趣味悪いな・・・」

 屋敷を飾る装飾品はどれもゴテゴテとしたものばかりで、こざっぱりとしたものを好むアレクは屋敷にいてるだけでも気分が悪くなりそうなほどである。
 とにかく、人を隠すのであれば奥まったところか人目につきにくいところだろう、とあたりをつけ、屋敷の奥へと向かう。
 しばらく歩き続けていたら

「うわああぁあぁあああ!!!」

と悲鳴が聞こえてきた。厄介ごとに巻きこまれるのは勘弁したいところだが、命の危険さえ感じさせるその声を無視できるほど、アレクは冷徹ではなかった。
 油断なく剣を鞘から抜き放ち、声の聞こえた方へと駆け出したアレクは、そこにエリーの姿を見つけた。いや、エリーであってエリーでない何かがそこに亡霊のように立っていたのだ。
 アレクは油断なく剣を構え、エリーとの間をつめた。

「エリー・・・、エリーなのか?オレがわかるか?」

エリーはゆっくりと顔をあげ、アレクを見やった。

「あなたはエリュービアの友人ですか?」

エリーの声とはどこか違う声で、エリーではないエリーが言う。
 アレクは肌が粟立つような感覚に襲われたが、悪意は感じられず、むしろ憐れむような、慈しむようなそんな響きに、少し気を許して答えた。

「少なくともオレはそう思ってるよ。」
「では、あなたにお願いがあります。エリーは未だ自分のもつ力に目覚めてはいません。本来であればもう目覚めていてもいいはずなのですが、彼女の持つ何かがそれを妨げています。そのために彼女はこれから苦しむことでしょう。あなたはそのとき、彼女の助けとなれますか?」

母親が自分の子供の友達に言うような、優しく慈愛に満ち溢れた口調だったので、アレクは心を緩めて剣をおさめた。

「そんなことは言われなくても当り前のことでしょう。オレたちは“友達”なんだ。友達が困っていたら助けなくって、なんで友達といえますか?」

なんの迷いもない笑顔で答えたアレクを見て、エリーでないエリーは微笑みを漏らした。

「この娘には良い友達ができたのですね。どうか、私のような運命を辿らず、人としての幸せをまっとうできることを願っています。そして二度と私がこのようにして現れることのないことを・・・」

エリーから発せられていた光がじょじょに弱まっていき、エリーでないエリーの気配も同じくして薄れていく。

「まってくれ!あなたは誰なんだ?」
「私は風の精霊だった娘。エリュービアの前に風の精霊としてうまれた娘。運命に翻弄され、人生を全うさせることすら許されなかった存在。しかし漸く時は至りました。まず火の精霊を探すのです。彼の気配はどこにいてもすぐに解るほど強いもの。彼ほど探しやすい御仁もなかなかにいないでしょう。」

それだけを言うと、エリーをとりまいていた光は完全に消え、エリーの体はぐにゃりと倒れこんできた。
 アレクは慌ててエリーを受けとめ、抱き上げて広間へと向かった。

投稿者 chiepu : 21:10 | コメント (11988)

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